恩送り

一昨日は徳島の宍喰から高知の高須まで行こうと思っていたので、朝から怒濤のごとく自転車を走らせていた。

20時半頃に急に雨が滝のように降り始めたのだが、その時点でまだあと15km程あり、気持が萎えはじめていた。

このまま進むとなんとなく事故りそうな予感がして、とりあえず一旦休むべくご飯屋さんに入った。注文をしてボーッとしてると、お店の人に「自転車で旅してるん?」と聞かれた。

そうですと答えると、「今日はどこ泊まるん?」と尋ねられたので「とりあえず高須まで行ってネカフェに泊まるか、雨が止んでたらテント張るかしようと思ってます」というと、「ほんなら今日うち泊まっていきや!」「えっ!」「猫アレルギーちゃう?猫2匹おるんよ。風呂入ってへんやろ?嫁さんに風呂沸かして言うとくから」

そこは「レストランかとり」という定食屋さんで、そこから目と鼻の先に店主さんの家があった。


奥さんはものすごく若くて、最初「娘さんですか?」と聞くと、二人は爆笑し「年の差婚やねん。15歳差!」と言った。

奥さんもヒッチハイクで日本一周をされていて、旅中に知り合ってご結婚に至ったのだそう。

笑いの絶えない、めちゃくちゃ素敵なご夫婦だ。


酌み交わしながら、2度目の夕食をごちそうになった。一通り自己紹介をすると、今までに泊まっていった色んな旅人についての面白い話を聞かせてもらえた。

介護の仕事をしていたと言うと、「はるちゃんっていう、同じ介護士やった子もチャリ旅してたよ。その子も旅が始まってすぐここで拉致られて、2週間ぐらい停滞してん(笑)今は岩手のりんご農家におるき、岩手行ったときは連絡してみ」

また、こんな旅人もいたという。カブにリヤカーを繋げて、夜になったらそこで立呑バーをしながら稼ぎ、売り上げたお金をその街の飲み屋で使い、またその街のお酒を買って次の街へ行き、バーを開き、ということを繰り返しながら旅をするという。そのとき、お酒代は10円以上ならいくらでもいいというルールにしていたのだが、本当に10円しか持ってこない人がいて、しかもそいつが2日連続来たらしい(笑)

そんな旅人たちの面白話や、毎年主催しているという地域のお祭りの話、猫の話、在日と部落の話、これから生まれてくる赤ちゃんの話…たくさん話しすぎて眠くなってきたところで、寝床についた。


次の日の朝、起きて出発の準備をしていると「卵かけごはん食べていき〜」という声が聞こえた。

てっきり冷蔵庫から卵を出してくれるのかと思いきや、外にある鶏小屋に案内され、昨夜に鶏が産んだのであろう卵を一つ取ってきて、ご飯にかけて食べた。

え、牧場の生活やん。生まれて初めての経験に胸が踊った。


お邪魔しましたと家を出るとき、ご主人さんが看板を作ってくれていた。

「これ掛けとったらよう話しかけられて、もっとおもろくなるよ!」f:id:yusunchoe:20211015084347j:image

一応自分でも作ったのだけれど、絶対にどっかで失くすし、いっぱい話しかけられて人見知り発動しても嫌やなと思って結局家に置いてきた看板。f:id:yusunchoe:20211015084407j:image家で日付が更新されている。これで「娘は今日も生き伸びた!」と確認するためだ。

毎日ハラハラさせて申し訳ない。


「本当にありがとうございました。何かお礼もしたいのに…」

「お礼とかいらんよ、恩送りやから。ゆすんも他の人に恩送りしたらええねんで」

「恩送りですか?」

「うん、例えばどっか野宿したらその場所少し掃除していくとかな、歌ってほしいいう人に歌聞かせてあげるとか、旅人はいい人ですよって見本になったら次の旅人らが来たときに泊まりやすくなるやろ。そうやって恩を巡らせていくねん」

恩を送る、か。一対一で恩を与え、返すということしか考えていなかった損得人間の私にとって、頭を殴られるような言葉だった。

「ありがとうございました!」

「いってらっしゃーい!またおいでな!」

作ってくれた看板をギターケースから下げて、次の旅路に赴く。