ショート(仮)(1)
まただ。私ってやつは。
私は大きな段ボール箱と鉄の骨組み、そして壁に立てかけられた真っ黒なベッドマットを前にして床にへたり込んでしまった。
目の前にあるベッドマットは、ショート丈だ。私が欲しかったのは、通常丈だ。
「バカ。バカバカ」
私はそのまま、放物線を描くように上半身を後ろに倒す。ベタン、という無機質な音ががらんどうの部屋に大きく鳴り響いた。
天井にはシーリングライトの跡だけが黄色く目立っていた。前の住人が、わざわざ電気をはずして持って行ったのだ。電気だけじゃない。給湯器も、エアコンも、人が住むときに必要なものの何もかもを、だ。
いやそもそも、それらを全部自腹で揃えないといけない物件って何なんだよ。こんな条件で、敷金だけじゃなく礼金まで奪いやがって。
私の怒りは自分自身から前の住人に、そして大家へと短時間で移り変わっていった。
その指向の転換の様があまりに見事で、ついに吹き出してしまった。
人はどうしようもなく追い詰められたときに、涙ではなく笑いが出てくるということが、ドラマや映画の中だけでなく実際にあるのだということを身をもって知ったのだった。
「何度も言ってると思うけど、俺、子ども欲しいからさ」
翔太は口から真っ白な煙を吐いた後、煙草の先端をまじまじと見つめながらそう言った。
「だからさ、無理だよ。悠亜とは」
「あのさ、だからこんなおかしな世界に子どもを送り込みたくないんだって。苦労させるのが目に見えてるんだよ?そんなの親のエゴでしかないよ」
「そうだよ。俺のエゴだ。俺のエゴで生まれてきた子どもを、俺は心底愛したいんだよ。愛して愛して、こんな世界だけど生まれてきてよかったって、そう思ってほしいんだ。わかるか?」
「わからない」
私は間髪を入れずにそう言った。
「私、こんな私みたいなポンコツに愛される子どもがかわいそうだと思っちゃうよ。それに、私の性格に似た子が生まれてきちゃったらと思うとゾッとする」
「なんでそんなこと言うんだよ。悠亜みたいな子が生まれてきたら、俺は泣いて喜ぶよ」
「私は、絶対やだ」
「…おう、そうか。それなら、しゃあないな」
私は心のどこかで、彼が私の言葉を否定する、すなわち私に似た子が生まれてくることに対してポジティブな意見を言い返してくるとひそかに期待していたのだろう。しかし彼の反応は予想外で私は一瞬言葉に詰まったが、意地になって続けた。
「それに、人は孤独なんだよ。結婚したって、子どもを持ったって、一緒なんだよ」
「ほら、お前のそういう考え方。俺とは違いすぎるん…」
「そんなこと言わないでっ!!」
私は彼の手から煙草を強引に奪い取った。
「おい、危ないだろ!」
「ニコチン中毒のあなたの子どもなんか、どんな女と結婚したって健康体で生まれてくるわけないわよ!」
私は言った後に、とっさに手を口に当てた。
「…ごめん」
「…もういいよ。大丈夫、怒ってないから。もう寝よう」
そう言いながら、彼は私の頬に小さくキスをして洗面台の方へ行ってしまった。
いつか別れるつもりなら、もうキスなんてしないでほしかった。私は優しいようでいて、果てしなく冷酷無情な彼を、心の底から憎んだ。