やめることと、やることについて

お久しぶりです!

最近SNSの更新が全然なくて、「ゆすん、ついに酒と男に溺れたか⁉」というメッセージが届きました。(失礼な!笑)

ご心配おかけしてしまって、すみません。

私は、酒にも男にも溺れず(適切な距離感を保ちながら)割と元気に生きてます。

 

というもの、最近はピアノの練習にハマっておりまして、今まで「ピアノではかっこいいんだけど、ギターではなんかなぁ🤔」と思ってカバーしてなかった曲を、ジモティーで購入した格安キーボードで怒涛のように練習しております。(スピッツのチェリーが弾き語りできるようになったので、今はサザンの希望の轍に取り組み中。イントロがサイコー!)

 

 

さてさて本題ですが、私はこの度、自身をシンガーソングライターと名乗ること、ライブ活動をすることを、辞めることにしました。

 

…は?えっ!?は!??

 

ですよね。ごめんなさい。

 

この期間、色々考えました。ライブがない間、ずるずるずるずる考えてました。

で、はっきりさせようという思いが強くなっていきました。

「売れなくても評価されなくてもいいから、私も周りの音楽仲間たちみたいに、音楽活動を、精力的に、楽しんで続ける!!」

2年ぐらい前にも長期間活動を休んだことがあるのですが、そのときからずっと自分にそう言い聞かせながら続けて来ました。が、プロを目指してる人からするとだいぶゆるゆるなこんな心構えでも、私にとってはいろいろと無理が出てきてしまいました。

理由は大きなものから小さなものまで細々とたくさんありますが、一言で言うなら、しんどいです。シンプル!(笑)

仕事も本格的に楽しくなってきて、相対的に音楽の占める割合が減ったという面も大きいです。

「ゆすんの歌聞けなくなるのはちょっと寂しいな」「ゆすん別に売れなくてもいいから、しっかり音楽続けててほしかったな~」って思ってくださる方もいると思います。(単なる自意識過剰だったらごめんなさい笑)

でも、高校時代に急に全てが嫌になって、部活動の日に誰にも連絡しないで学校からチャリで生駒山まで行き、そこに籠った私。その間学校では「ゆすんがいない!」「みんな、ゆすんを探して!」と大騒ぎになってました。

もう良い大人なので、ちゃんと自分の気持ちに声を傾けて、言葉にして、片を付けようと思います。

 

まあ、BISHも解散したしね!

(どういう開き直り方?)

 

しかし、例外はあります。

例えば、たまたま入った居酒屋にたまたまギターが置いてて、たまたま私の歌を聞きたいって言ってくれてる人がいて、たまたま自分も歌いたいっていう気分になったとき、みたいなのがあったとして、そのときは喜んで歌います。

あるいは、朝起きたら二日酔いで、何やら昨日の夜に自分がギターを手に持ったってとこまでは覚えてるんだけどそれ以降の記憶がなくて、ふとボイスレコーダーを開いたら記憶にない音声データが録音されてて、聞いてみたらそれが今までの曲を優位に超える奇跡のメロディだった、みたいなことがあったとして、私はその曲を鼻息荒くして完成させて、鼻息荒くしてオープンマイクに歌いに行きます。

もしくは、「自分の娘が不登校になってしまって、どうしたら学校に行ってくれるか聞いてみたら『本物のゆすんを呼んできて、歌わせて!そしたら次の日から学校に行く』って言われたので、どうか我が家に来て歌ってくれませんか?もちろん蟹鍋のごちそう付きで」っていう人がいたとして、ゆすんは満面の笑みで歌いに行きます。

さすがにそんな奇跡のような状況までガン無視できちゃうぐらいに、徹底して「歌いません」って言ってるわけじゃないです。

「能動的な音楽活動」こそ辞めますが、(もちろん)音楽自体はやめないってことです。

そもそも、音楽辞めるってどういうこと⁉って思います。

一生カラオケ行かないってことじゃないですか。そんなの無理じゃないですか。

 

まあそんなかんじで、これからは自分が無理なくできることを、地に足つけて、楽しみながら続けていきたいなと思っています。

 

そしてそして、かくかくしかじかありまして、今私は五反田のPISTOLというライブバーで金曜日の夜にバイトをさせていただいているのですが、8/25にピストルで「ゆすんナイト」というものを開催させていただくことになりました。

(※まだ日にちは確定ではなく、9月になる可能性があります。また、私だけでなく他の人も対バンで呼ぶ可能性もあります)

ピストルでは「スピッツナイト」とか「浜省&尾崎ナイト」とか「あいみょんナイト」とか人気のアーティストを掲げて、そのアーティストが好きなお客さんが集まってそのアーティストの歌だけを歌うイベントっていうのがあるのですが、そのそうそうたるメンバーの一因に、無名の「ゆすん」を加えていただけるのです。それも鼻をほじりながら「音楽活動しんどいです。私、SSW辞めます!」とか言ってるやつをです。

ピストルのママとマスター、完全に人選ミスってます(笑)

 

あと「最後だからたくさん来てほしい」は、ないです。

逆に人いっぱい来たら「良いライブをしないと!」って緊張するし、プレッシャーなので、こじんまりやりたいです。

まあ、当然お店的にはいっぱい入ってほしいんですけど…個人的にはいっぱい入ってほしくないっていう矛盾…

いや、お客さん一人だけ🧍とかはさすがに寂しいですけど(笑)

そしてそれを最後にして、積極的な音楽活動を終わりにしようと思ってます。

なので、今まで作って発表した曲はできるだけ全曲歌おうかなと思ってます。

そして、MCは少なめでいこうと思ってます。MCしんどい。

なんか喋るとしても、恒例の事前に書いてきた紙を棒読みする感じになっちゃうと思うので、ゆすんの爆笑トークを期待して来られる方には全力でおすすめしません🙅‍♀️

「ゆすんナイト」の詳細は、追って告知します!

 

そして、情弱な私にとって、CDのラベルや歌詞カードの作り方、注文の仕方が難しすぎて手が止まり、ダラダラダラダラ制作していたアルバムが、「もう普通に空のCD買ってラベルにフェルトペンで書き込めばいいやー」とか「歌詞カードは光沢紙じゃなくても、B4の普通紙に両面印刷して折るだけでいいやー」などと色々妥協することを決断したことで、やっと完成した(レコーディングをしてくださった金武さん、サポートで入ってくださった宏衣さん、大橋さん、そしてアルバム制作を勧めてくださって色んな面で手伝ってくださった本間さんには本当に申し訳ないことをしてしまいましたが)ので、そちらも「ゆすんナイト」で販売します。

アルバム完成した瞬間に音楽辞めるって、完全にナメてるって思っちゃいますよね。

でもさ、BISHなんてはじめての東京ドームライブを最後に解散するんだよ??ナメまくりじゃん!!(謎の開き直り第二弾)

 

アルバムのタイトルは、『おいしいごはん』です。

価格は2000円。ですが、ファーストアルバム『負け戦』(今回のアルバムと曲は同じですが、前回は自分で宅録して、今回のはちゃんとプロに録っていただいてサポートに入ってもらってバンド編成にした曲もあるので、自分的にはかなりの力作となっております)を買ってくださっていた方には500円お値引きして、1500円で販売しようと思っています。

曲は同じですからね。

 

てなわけで、これからの私はこんなかんじでやっていこうと思っております。

2019年から人前で歌い始めて、都内の色んなライブハウスやライブバーで歌ったり、ギター背負って日本中を自転車で走り回りながら自分の歌を歌ったり、音楽の仲間もたくさんできて、本当に楽しかった!

自分の曲がパスポートになって、自分を色んな場所に連れて行ってくれて、色んな人に会わせてくれました。

ありがとう、自分の曲たちよ😭

これからも機会があればよろしくお願いします!!

 

ちなみに本日の夜は五反田のピストルにおりますので、お暇な方がいらっしゃいましたらぜひぜひ遊びに来てください♪

 

まだまだ暑い夏が続きます💦

私は最近まで家にエアコンが無くて、寝てる間に熱中症になりかけたので、数日前に慌てて窓用のエアコンを買ってきて取り付けました。

エアコンがない部屋に窓用エアコン買って取り付けたいんだけど、自分で取り付けるのなんてできないわ!っていうお嬢さんがいらっしゃいましたら、ぜひお声がけを。

交通費と、アルバム買ってくれるなら伺いますよ😊

 

ではでは(^^)/

チューニング(4)

先日LEGENDで起こった事件について誰かに話したくてうずうずしていた私は、後日大好きな音楽仲間を結集して飲みに行くことにした。

確実にサザンオールスターズの影響を受けまくっているであろうが、本人たちは「完全オリジナルですが?」という顔で歌っていて、LEGENDではひそかに裏で笑われているバンド「オーシャン・メロウズ」の中でドラムを叩いている、コウタ。また、ONE OK ROCKにのめり込んで、自分も日本の音楽シーンで活動したいという思いではるばるイギリスからやってきたものの、結局同じように日本に憧れてやってきたイギリス人3人とBeatlesコピーバンドをしている、ベーシストのレオ。そして闇が深く棘のあるオリジナル曲を歌うことでこの界隈では「令和の山崎ハコ」と呼ばれている、ピアノ弾き語りのミナの3人だ。

私たちは皆中央線沿いに住んでいて、いつも4人が一番集まりやすくて且つLEGENDにも行きやすい国分寺駅にある、焼き鳥の美味しい「庵屋」という小汚い居酒屋で、その日も集まることになった。

庵屋に行くと、もう三人とも揃っていた。

「ユミ、久しぶり!会いたかったよ~!!」

レオがほとんど叫び声に近いぐらいの声量でそう言って、指ハートをしてきた。ちなみにレオはそれこそ昔のレオナルド・ディカプリオによく似ていて顔はかなりのイケメンだけど、中身は小5レベルなのだ。

「いや久しぶりって、まだ2週間しか経ってないよ?」

「え~そうなの?もう一年ぐらいたったと思ってたよ~!!」

「んなわけあるか!」

「ユミ、お疲れ~」

「お疲れ!」

「ごめんね~、私が誘ったのに待たせちゃったね」

「しょうがないよ、仕事帰りなんでしょ?」

そう言ってミナがメニューを渡してくれた。

「ありがと。みんな何頼んだの?」

「私はビール」

「俺も」

「僕ちんも!」

「そかー、じゃあ、ビールにしようかな」

「ユミ、ビールあんまり好きじゃなかったんじゃないの?」

ミナが聞いてきた。

「え?あー、まあ飲めないわけじゃないから」

「いやいや、好きなの頼みなよ」

「いや、いいよ。それよりさ、みんなこの間どうしてたの?」

私はミナの言葉に答えるのが面倒くさくなって、話を変えた。

「俺はね~、オーシャンのメンバーたちと初めてサザンのライブ行ってきた!」

私はミナの顔と、レオの顔を交互に見てみた。ミナは下を向いて笑いをこらえていて、レオは手で口を抑えながら今にも吹き出しそうな顔で私の方を見返した。

「ぶっ、ブハハハハハ!!!」

私たちはついに吹き出してしまった。

「なに?何がおかしいんだよ~⁉」

「だって!オーシャンメロウズはサザンの影響なんて一切受けてないって言ってたのに、やっぱりめっちゃ好きなんじゃ~ん!!」

「ち、ちがうよ!俺たちはプロのライブを見て参考にしようと!!」

「ブハハハハハ!!!」

私たちは、また同時に吹き出した。

「なんでそんなに笑うんだよ~!!」

「ボッ、ボーカルのジュンさんだって、ゼッ、絶対桑田佳祐の大ファンじゃんっ。あの声の出し方、あの歌い方!」

ミナが腹を抱えて苦しそうな声で言った。

レオがミナの頭をポコッと叩いた。

「バカにすんなよ~」

「バカにしてないよ~っ、ブフフフフ」

二人がじゃれ始めたとき、店員がサラダを持ってきた。

「お待たせいたしました」

ミナがトングを持ってサラダを取り分けようとしてるようだったので、私はトングを持ったミナの手の甲に触れた。

「いいよ、私がやるから」

「え?」

「いいから、いいから」

「うん…」

私はミナからトングをもらって、サラダを取り分け始めた。

「で、レオは?何か変わったことは?」

サラダを取り分けながら、私はレオに話を振った。

「拙者ですかぁ?拙者はね~、イギリスに帰ることにしたぜよ!」

「えっ」

一瞬、レオ以外の三人の動きがピタッと止まった。

「…それ本当なの?」

「そうでごわす!」

「レオ、今はふざけるとこじゃない」

「すみません」

ミナの真剣な眼差に、レオは肩をすぼめた。

「どうして?」

「いや~、親から言われちゃって」

「なんて?」

「俺の両親、マンチェスターでピザ屋さん営んでるんだけどさ、後継いでほしいって」

「…」

「もう親も高齢でさ、日本で優雅に遊んでなんかいないで、自分たちのためにもそろそろ真面目に生きろって」

「遊んでなんか、って…」

コウタが泣きそうな顔で、頭をボリボリと掻いた。

「それで、いつ帰るの?」

「来週」

「はっ?早すぎるよ。何でもっと早く言ってくれなかったの?」

「だってさ…みんなが悲しむの見たくなかったから」

「バカ」

ミナが呆れたように目を閉じた。

「…ごめん。でも日本にはちょいちょい遊びに来るよ!お土産でピザ持ってさ」

「来る間に腐っちゃうね」

「だね」

また4人の間に微妙な空気が流れる。

「じゃあ…紅茶。紅茶買ってくる!」

「いや、お土産はどーでもいいのよ!」

「ごめんなさい」

漫才師のような二人の掛け合いが面白くて、ついに私とコウタは吹き出してしまった。

「なに笑ってるのよ~?」

「そうだよ、お主らは拙者が日本を去るのがそんなに嬉しいか!」

「うん、嬉しい。こんなバカみたいにうるさいのがいなくなったら楽になるだろうな~」

コウタがイタズラっぽく言った。

「この~!!」

今度は3人でじゃれ始めた。

「おけおけ~、じゃあとりあえずこの話は一旦終わろう。これ以上したら泣いちゃうからね。それじゃあ…レオの送別会は私が企画します!」

ミナが大きく手を上げながら言った。

「任せますっ!」

「お主、拙者のために泣いてくれるのか!」

「その侍言葉、そろそろやめなさい」

「はーい」

ミナの叱責に、レオがいじけた声で答えた。

「で、ユミはどうなの?」

「あっ、私?」

ミナが急に私に話を振ったので少しびっくりしたが、今日はこの場で絶対に話したかったことがあった。私は、例のチューニングをしない男の話をした。

「なにそれ、変なやつね~」

「だよね!私が変なんじゃないよね、どう考えてもそいつがおかしいよね?」

私は、自分の正当性を主張した。

しかし、皆の反応は私の予想とは違うものだった。

「うーん…」

「えっ、なにその反応」

「いや、その男の人が言ってることも一理あるなあって」

コウタがそう言った。

「一理ある?どんな一理よ」

「まあなんていうか、そのー」

言葉を選んでいるコウタを無視して、ミナがレオを怒るときよりも真剣な顔つきと声色で言った。

「ユミはね、『自分はまともだ』『ちゃんとした人間なんだ』っていう自意識が強すぎるんだよ」

「…?」

「それは言えてるかも!」

レオがニヤニヤしながら言った。

「どういうことよ」

私は頭の中が真っ白だった。

「ユミってさ、やらなくてもいいことまでやろうとするじゃん」

「…は?」

「さっきの、サラダ」

「…サラダ?」

「そう。ずっと言おうとしてたんだけど、みんな自分が食べる分だけ取りたいんだよ」

「そうそう!俺たち別に、そういうの自分でやるからさ」

「気使わなくていいよ」

男二人がそう言ったのを聞いて、ミナがまた口を開いた。

「気使ってるんじゃない。“女としてのマウント”取ってるだけだよ」

「おい、ミナ」

コウタがミナをなだめようとした。

「だってそうじゃない?前も家でホームパーティーしたとき、私も一緒に食器洗うって言ってんのに、頑なに洗わせてくれなかったじゃん。あれほんと何なの?」

「え、ちょっと…何の話?」

「とぼけないでよ」

ミナが急に大きな声を出したので、周りの客たちがこちらをちらちらと見た。

「ユミはさ、基本的に他人を自分の尻に敷こうと思ってるんだよ。自分が全部コントロールしようと思ってんの。それも音楽に出ちゃってるんじゃない?」

「ミナ、お前」

コウタがミナの肩を揺らす。

私は驚きすぎて最初は言葉を失っていたが、ミナの口元からペラペラと出てくる言葉を一つ一つ咀嚼して聞いてるうちに、みるみる怒りが沸いてきた。

「ミナ。あんた、何様なの?」

「なに、絶交?結構よ。ずっと思ってたことを言っただけだからね」

「じゃあ私も一つ言わせてもらうけど、あんたのファッション、いつもびっくりするほどダサいよ」

「は?」

「それは言えてる!」

レオがまたニヤニヤしながら言った。

「ダサいって、なによ?」

ミナがまん丸の目をさらに見開きながら言った。

「なにって。いつもトゲトゲのブレスレットとか、蛇柄のスカートとか、奇抜なもの身につけてセンスある風気取ってるけど、ダサいよって言ってんの」

ミナは相当ショックだったのか、顔を真っ赤っかにしながら言葉を失っていた。

レオもさすがにまずい状況だと悟ったのか、腕を組んで下を向いている。

4人の間に長い沈黙が流れあと、コウタが口を開いた。

「服装のセンスは、それぞれの好みなんじゃないかな」

「…え?」

「ミナが身につけたいと思ったら、身につけていいんじゃないかな。それを他人がとやかく言うもんじゃないよ」

「…私は思ったことを言っただけだよ。別にまともな服を着ろって言ってんじゃない」

「…『まとも』ね。ユミは昔から、そうなんだよ。他人がどう思うか、他人から見て変なことをしてないか、そういうことに異様なほどこだわるんだよ。そう…その姿がもう異様なんだ。その時点で『まとも』なんかじゃないよ」

「コウタ」

私はびっくりして、思わずコウタの名前を呼んでしまった。

「その、チューニングしない人が言ってることは正しいよ。ユミは」

「もうやめてっ!」

私は叫び声をあげるのと同時に、テーブルを両手でバン、と叩いた。

「もういいから。私が全部悪かったわよ!謝ればいいんでしょ、謝れば!『まとも』であることにこだわりすぎちゃって、どうもすみませんでした!!」

私は財布から5千円札を引き出してテーブルに叩き付け、そのままかばんを抱えて出ていこうとした。

すると、背中越しにミナが言った。

「待ってるから」

私は無視して行こうとしたが、ミナがまた口を開いた。

「絶交とか言ってごめん。でも、私ユミともっと深い仲になりたくて、本音を言っただけ。もっとマシな言い方あったよね。ごめん。でも、ユミはもっと面白いやつだって思ってるから。だから、絶交は取り消しで。待ってるからね」

私は気を抜くと泣いてしまいそうで、精一杯心を無にしながらその場を去っていった。

ショート(仮)(2)

「えー、なんでそんなとこに引っ越したの?」

朱鈴が私の顔をしげしげと眺めながらそう言った。

「だってさ、外国籍だし、自営業だし、そもそも審査通してくれる保証会社自体が少ないんだよね」

「そりゃそうだ。あっお姉さん、お冷くださーい!」

朱鈴は、ウエイトレスに向かって腕を大きく上げた。その姿が少し大げさだったので、私はプッと吹き出した。

「うんうん。いやー、それは難易度高いわ」

「でしょ?あんたはまだ正社員だからいいけどさ、私なんかほんっとに無いんだよね。外国籍オッケー、自営業歓迎とかさ。そんな物件そうそう無いよ」

「そうだね。それにくわえ、お得意のおっちょこちょいでベッドマットの丈を間違えて買ってしまったと」

「そう、ただでさえ引っ越してお金ないのに。もう、踏んだり蹴ったりだよ」

「とんだ災難だったね。それで、結局どうやって探したの?今の家は」

「紹介」

「誰の?」

「永樹」

「あー、あいつ教師辞めて不動産屋に転職したんだっけ。よくやるよねー。って、あんたらまだ付き合ってたの?」

「ううん、別れたよ。とっくにね。今はただの友達」

「そうなんだ!いい別れ方したもんね。まあ、あんたには今ぞっこんの人がいるんだものね~」

「……まあね」

私はその人のことを思い出しただけで、少し顔が火照るのを感じた。

「で、その人とはどうなの?最近」

「うーん、なんか続かなそう」

「えっ、そうなの?めっちゃ好きなんでしょ?」

「いや、子ども欲しいんだってさ」

「へ~。まあ、それ普通だと思うけどね。子ども欲しくないっていうあんたの考えが少数派……あーでも、今の時代はそんなことないのか?」

「そうだよ。今は子ども作らない夫婦もいっぱいいるんだよ?在日同胞社会が産めよ増やせよなだけでさ。そんなのさー、社会存続のために自分の人生を犠牲にしたくないに決まってんじゃん。てかまあ、私の考えを抜きにしても問題が多すぎるのよ」

「ほう、例えば?」

朱鈴は興味津々な様子で身体を前に乗り出してきた。

「まず、子どもの国籍と、通わす学校の問題ね」

「それね」

「あと、両親に私のこと伝えてない。よって、もちろん私が在日コリアンってことも、彼の両親は知らない」

「それ、怖いね」

「で、これが私的には何よりもネックなんだけど、私も相手も低収入なのよ」

「その人は何の仕事してるの?」

「飲食。家系ラーメンの店で、ラーメン作ってる」

「ほえ~」

「え、何その反応」

「いや、意外だった。なんか、デスクに座ってパソコンカチャカチャしてるようなイメージだったわ」

「ぜんっぜん違うよ。スーツ一着も持ってないんだから。しかも朝から晩まで働きづめでさ。休みも不定期だから日程合わせるのも難しいし。それでいて、子ども生まれても長く仕事休むつもりはないみたい。『ラーメンの世界はそんな甘くねえ』とか言って」

「なるほどね。それで子ども欲しいって言ってんのは確かに難ありだな」

「でしょでしょ?そう言ったんだよ。そしたら『親が汗水流して働いてる姿を子どもに見せるのは悪いことじゃないだろう』ってさ」

「まあ、それはそうだけどさ。あんたが働くんだったら子育て誰がするのよって話だよね」

「そーなんだよっ!」

私は勢いあまって大声を荒げてしまい、とっさに手で口を覆った。

隣の席の女性がチラッとこちらを見たので、軽く会釈をして話を続けた。

「要するに、考えが甘いんだよね。それもあって私は反対してるのに、『悠亜の考えが変わらないなら、いつか別れるしかない』って…」

「何それ。子ども作ることがメインになってんじゃん。その条件を受け入れてくれる女だったら誰でもいいってわけ?」

「その条件を全部受け入れてくれて、なおかつ大好きになれる女性を探すんだってさ。頭の中お花畑だと思わない?」

そう言って私は、ふぅ、と自分の怒りを鎮めるように息を吐いた。

「まあ、夢見がちで自分勝手だね」

「でしょ?」

「でも、好きなんだもんね?」

「うん」

「どちらからも別れを切り出せないんだよね?」

「うん」

「困ったもんだね」

「困ったもんだよ」

私たちはそう言いながら、お互いの肩に手を乗せあった。そのまましばらく見つめあっていたが、ついに朱鈴が吹き出したので私も吹き出した。

「まあ、いいじゃん。まだ25歳なんだからさ。進みたい人生の方向が違うから別れるっていうのにはまだ早すぎると思うよ?」

「ただ、相手が31なんだよね」

「そうきたか」

「そう、だから焦ってるんだよ」

「なるほどね……」

私は朱鈴が何か言ってくれることを期待したが、朱鈴はそのまま黙り込んでしまった。

「……けじめ、付けるしか、ない、よね」

何か言わないとと思って絞りだした言葉が、自分自身の心をチクチクと刺した。

「…悠亜?」

私は、自分が気付かないうちに目から涙を流していたみたいだった。

「…あ、ごめん、なんか、わたし」

「悠亜」

涙が止まらなかった。風船から空気が抜けるように、押し殺していた気持ちがどんどん流れ出てきた。

「……もっといい人が見つかるよ、って言ってあげたいけど、そんな言葉今は受け付けられないもんね……。よし、泣きたいだけ泣きなさい!ほら」

朱鈴は私の隣に来て、腕を大きく広げた。

私は朱鈴の胸の中に顔をうずめて、子どものように声を荒げて泣いた。

ショート(仮)(1)

まただ。私ってやつは。

私は大きな段ボール箱と鉄の骨組み、そして壁に立てかけられた真っ黒なベッドマットを前にして床にへたり込んでしまった。

目の前にあるベッドマットは、ショート丈だ。私が欲しかったのは、通常丈だ。

「バカ。バカバカ」

私はそのまま、放物線を描くように上半身を後ろに倒す。ベタン、という無機質な音ががらんどうの部屋に大きく鳴り響いた。

天井にはシーリングライトの跡だけが黄色く目立っていた。前の住人が、わざわざ電気をはずして持って行ったのだ。電気だけじゃない。給湯器も、エアコンも、人が住むときに必要なものの何もかもを、だ。

いやそもそも、それらを全部自腹で揃えないといけない物件って何なんだよ。こんな条件で、敷金だけじゃなく礼金まで奪いやがって。

私の怒りは自分自身から前の住人に、そして大家へと短時間で移り変わっていった。

その指向の転換の様があまりに見事で、ついに吹き出してしまった。

人はどうしようもなく追い詰められたときに、涙ではなく笑いが出てくるということが、ドラマや映画の中だけでなく実際にあるのだということを身をもって知ったのだった。

 

「何度も言ってると思うけど、俺、子ども欲しいからさ」

翔太は口から真っ白な煙を吐いた後、煙草の先端をまじまじと見つめながらそう言った。

「だからさ、無理だよ。悠亜とは」

「あのさ、だからこんなおかしな世界に子どもを送り込みたくないんだって。苦労させるのが目に見えてるんだよ?そんなの親のエゴでしかないよ」

「そうだよ。俺のエゴだ。俺のエゴで生まれてきた子どもを、俺は心底愛したいんだよ。愛して愛して、こんな世界だけど生まれてきてよかったって、そう思ってほしいんだ。わかるか?」

「わからない」

私は間髪を入れずにそう言った。

「私、こんな私みたいなポンコツに愛される子どもがかわいそうだと思っちゃうよ。それに、私の性格に似た子が生まれてきちゃったらと思うとゾッとする」

「なんでそんなこと言うんだよ。悠亜みたいな子が生まれてきたら、俺は泣いて喜ぶよ」

「私は、絶対やだ」

「…おう、そうか。それなら、しゃあないな」

私は心のどこかで、彼が私の言葉を否定する、すなわち私に似た子が生まれてくることに対してポジティブな意見を言い返してくるとひそかに期待していたのだろう。しかし彼の反応は予想外で私は一瞬言葉に詰まったが、意地になって続けた。

「それに、人は孤独なんだよ。結婚したって、子どもを持ったって、一緒なんだよ」

「ほら、お前のそういう考え方。俺とは違いすぎるん…」

「そんなこと言わないでっ!!」

私は彼の手から煙草を強引に奪い取った。

「おい、危ないだろ!」

「ニコチン中毒のあなたの子どもなんか、どんな女と結婚したって健康体で生まれてくるわけないわよ!」

私は言った後に、とっさに手を口に当てた。

「…ごめん」

「…もういいよ。大丈夫、怒ってないから。もう寝よう」

そう言いながら、彼は私の頬に小さくキスをして洗面台の方へ行ってしまった。

いつか別れるつもりなら、もうキスなんてしないでほしかった。私は優しいようでいて、果てしなく冷酷無情な彼を、心の底から憎んだ。

チューニング(3)

Live bar LEGENDは、立川駅から徒歩5分ほどの場所にある。

昼間は東大和市内で訪問介護の仕事をしている私にとって、仕事帰りに立ち寄るにはアクセスがいいということもあるが、何よりもマスターのマサさんやそこに集まってくる人たちが、私は好きだ。基本はアコースティックなハコではあるが、そうでなくてもロックバンドやDTMなど、とにかく様々なジャンルの音楽を愛する人たちがこのLEGENDには集まってくる。集まって何をするかは、行ってみてからのお楽しみだ。通常ライブの日もあれば、飛び入りライブの日もあり、バータイムだけどその場にいた人たちでセッションが始まる日もあれば、ただだらだらと飲みながら語り合う日もある。もともと出不精で人見知りな私でも、LEGENDに行けばその場の雰囲気の楽しさにすっかり溶け込んでしまうということに気付いてからは、完全にLEGENDの常連になってしまった。

その日も私は、仕事帰りにLEGENDに寄ったのだった。

古びたビルの中に入り地下への階段を降りていくと、扉の向こうから陽気な歌声が聞こえてくる。そして扉の前には「今日はオープンマイクデー♪」と書かれた看板が立っていた。オープンマイクとは、誰でもステージに上がってパフォーマンスができるイベントのことだ。自分が歌うのも楽しいけど、そこに集まる色んな人たちと交流するのが楽しくて病みつきになるのだ。

私は、何を歌おうかな、今日は誰がいるのかなとワクワクしながら扉を開けた。

「ユミちゃん!!」

「ひゃっ!!」

誰かが急に抱きついてきたと思って顔を覗き込むと、それはオープンマイクホストのアカリさんだった。

「来てくれてありがとう!待ってたわよ~!!」

アカリさんはいい人だけど、いつもテンションがバカ高いのでついていけない。

「ちょっとうるさいぞー!歌ってんだから!」

「あーごめんごめん!ユミちゃん来たからテンション上がっちゃったのよ、許して~!!」

ホストやのに何してんねん。私は思ったが、声には出さなかった。

「おお、ユミちゃん来たんか!どうぞ座って~、前の方が空いてるよ。今日のお通し食べ放題は、きんぴらごぼう!残念ながらユミちゃんの好きなラーメンは品切れですっ!」

ステージで演奏中だったギター弾き語りシンガーソングライターのカズキさんが、わざわざ歌を中断して言った。

いや、お前は歌えよ。私は思ったが、声には出さなかった。

私はカウンター席に腰かけて、マサさんに挨拶した。すると私の方を見たマサさんが、私に何やら目くばせをしたかと思えば、チラッと私の隣に視線をずらした。

私はふと、隣を見た。

そしてその瞬間、思わず身体が固まってしまった。

「あっ」

隣に座っていたのは、例の“チューニングをしない彼”だった。

彼はまるでワインでも堪能しているかのように、目をつぶってコーラを飲んでいた。

「ご、ご無沙汰しておりますっ!前回のライブではちゃんと挨拶できずにすみませんでした」

私はとっさにそう言って、頭を下げた。

彼は目をつぶったまま3秒沈黙した後、ふっと私の方に顔を向けて、まっすぐ目を見つめながらこう言った。

「残酷だね」

「へ…?」

「マサさんから話は聞いていたけど、想像以上に残酷だったよ」

私は最初、彼が何を言ってるのか全くわからなかった。

「まあまあ、シンジ。初対面なんだからよ」

マサさんが珍しく、少し慌てているように見えた。

「ざ、残酷…?えっと…」

「音が整列させられてた。君は音をあんなに整列させても、何も感じないのか?野蛮だ。野蛮にも程があるよ」

「え…」

もしかして私、初対面の人にディスられてる?しかも、かなり訳の分からない理論でもって。

「いや、別にそんな、音をいじめてるみたいな感覚はないですし、それが普通だと思いますよ…?」

おかしいのはあなたの方ですよ。そう言いかけたが、ぐっと堪えた。

「普通とか普通じゃないとか、そういうことじゃないんだよ。君がどう思うかだよ。君がやってることはれっきとした虐待だ」

「虐待…?」

マサさんの方を見ると、あのいつも穏やかな顔をしているマサさんが困り果てた顔で肩をすくめていた。

最初は自分が何を言われたのか理解できなかった。でも、そのうちみるみる怒りがわいてきた。こんな頭のおかしなやつに怒りの感情を抱くことすら意味がない気がしたけど、そのときの私は何故か我を忘れるぐらい頭に血が上っていた。

「…あなたの方が音楽を舐めてるんじゃないですか?お金払って聞いてもらってるお客さんの前で不協和音鳴らして、そんな自分に酔いしれてるわけでしょ?今も目つぶりながらコーラ飲んでましたね。自分が通だとでも思ってるのか知りませんけど、やってることは小学生レベルですよ」

「…」

彼が沈黙したので、私は続けた。

「私はね、アマチュアですけど、少なくともあなたよりもプロ意識があるんです。そりゃ、私の演奏は面白くないかもしれない。でもあなたみたいに、演奏を聞いて不快になって帰ったなんていうお客さんは今まで一人もいなかったですよ。まあ、それが当たり前なんですけどね。あなたが異常なんだから!」

一瞬、会場内が静まり返った。

「あの…ユミちゃん大丈夫かい?」

カズキさんが言った。

「…まあ、ちょっと色々あるみたいだけど、とりあえず一曲歌いなよ!歌ったら気持ちも晴れるかもしれないよ~?!」

あの破天荒なアカリさんが、明らかに動揺している。

「すみません、今日はもう帰ります」

そう言って、私は自分のかばんを手に取って出口に向かって歩き出した。

「もっと音を慈しむんだよ」

後ろから、また彼の声がした。

「何も僕みたいに、不協和音を鳴らせって言ってるんじゃない。僕は自分の奏でる音を不協和音だなんて思ったことはないけど。ただ君は特に、音に対する慈しみが足りないように感じるんだ。音を手段化してしまってるんだよ。過去に何があったのかわからないけど……自分でもわかってるんだろう?」

「…」

「僕は、君の声が好きなんだ。君の声に関しては、今まで聞いてきた誰よりも自由を感じるんだよ。だからなおさら君のしていることが許せないんだ。そんなに良いものを持ってるのに…」

自由を感じる声って、なんだよ。

 

「…帰ります」

そう言って私は、そそくさとLEGENDを後にした。

チューニング(2)

中学二年生の頃だった。

当時私には、好きな男の子がいた。誰が見ても美男子だと認めざるを得ないような顔に、とても活発な性格で、試験点数は毎回クラスで一番、サッカー部ではキャプテンを務めるという、絵に描いたような優等生だった。目立たない女子グループの中にいた私にとって、一軍女子たちに囲まれてちやほやされているような彼は、一生足元にも及ばないような雲の上の存在だった。私なんかが彼の目に止まるはずがない。そんなことは知っていたけど、私の頭の中は常に彼のことでいっぱいだった。

ある日、国語の授業で詩を書いて発表するという機会があった。

そのとき私は、彼に対する思いのたけを詩にしたのだった。

その詩は、このようなものだった。

 

「もしも彼が」

もしも彼が鳥だったなら

私はそよ風になって彼の羽を乗せるだろう

もしも彼が新芽だったなら

私は太陽になって彼に光を注ぐだろう

もしも彼がスマートフォンだったなら

私はスマホカバーになって彼を守るだろう

彼がこの世の何であっても

私は彼のそばで彼を支えていたい

……

 

今思えば、いかにも「中2病」と呼ばれるようなものだ。傍から見れば相当痛々しかっただろうと、自分でも思う。でもそのときの私は、自分がどれだけ彼のことを思っているのかを本人に伝えたいという一心だった。

私が彼のことを好きだったのはクラス全員が知っていたので、詩の中の「彼」が誰なのか、皆知っていたのだった。

私が詩を読んでいる間、クスクスという笑い声や、「うわー、きついきつい」というような悪意のこもった言葉が所々から聞こえてきた。でも、そんなの構わなかった。クラスの子たちに笑われたって、彼に思いが届きさえすればいい。そう思って、私は最後まで詩を読んだ。

私が詩を詠み終わると、一瞬の沈黙があり、詩の中の主人公である彼が一言呟いた。そしてその一言によって、クラス中が爆笑の渦に包まれたのだった。

「上手いこと表現したとでも思ってるの?」

皆に同意を求めるように周りを見て、にやにや笑いながらそう言った彼の顔を見て、私は目の前が真っ白になった。私は自分が上手いこと表現した、と思っていた。その上、彼にだけは思いが伝わったはずだ、そう信じていた。でも、違った。思いが伝わるどころか、嘲笑われ、貶され、踏みにじられたのだ。

私は顔を覆い隠して、そのまま教室を出て行ってしまった。

「成宮!」

後ろから先生が私を呼ぶ声が聞こえた。私は先生の声を無視してそのまま屋上まで駆け上がり、一人で泣いた。

それ以降、私は彼を思うことをやめた。といっても、実際には無意識のうちに彼を目で追ってしまっていたり、彼の声に反応してしまうようなことが度々あったが、そんな情けない自分を目の当たりにするのが苦痛で仕方なかった。誰かを好きになる度に思うことだが、一度好きになった相手というのは、その後の私の人生を小さな檻の中に閉じ込めてしまうみたいだ。恋をしているときの私はまるで、一度シャブに手を出してしまったシャブ中のようだった。薬物依存症者が薬物に手を出す前には戻れないように、私は彼を好きになる前の私には戻れないのだ。

学年が上がり、彼とは違うクラスになって顔を見る機会も少なくなったことで、私はようやく彼のことを、少しづつではあるが忘れていくことができた。

しかし例え彼を忘れても、彼に言われた例の言葉は私の脳裏に深く刻み込まれたままだった。

「上手いこと言ったとでも思ってるの?」

あの出来事以来、私は徹底的に「まともな人」になることを心がけるようになった。自分がどういうしたいかではなく、常に「他人がどう思うか」ということばかり考えるようになった。

作文を書くときも、決して自分の思いなど込めず、その代わりに万人に理解されるような内容を、万人に理解されるような言葉で書くようになった。そこには「自己表現」などというものは一ミリも含まれていなかった。そんなことも知らないで、先生には「成宮は本当に上手い文章を書くな」とよく褒められた。それが自己表現か否かはさておいて、私は文章を書くのが得意だった。私は先生に褒められて、嬉しかった。もっと褒めてほしかった。あの過去の出来事が完全に打ち消されるほど、「上手い」という言葉でもっともっと褒めてほしかった。

そうしていつしか私は、常識から一ミリもはみ出さない「まともな人」になっていった。

高校2年生のとき、私は友達に誘われてバンドを組んだ。

私はギターボーカルと作詞作曲を担当した。作詞能力はもともと高かったし、洗練されたコード進行に綺麗なメロディラインを乗せることもできて、さらにそれにふさわしい歌唱力も兼ね備えていた私は、バンド内を超えて、学校中から羨望のまなざしで見られるようになった。私にとって、自分が「まとも」であり、そのうえ「レベルの高い」人間として認められる手段として、音楽は欠かせないものになっていった。

高校を卒業し、大学を卒業し、気付けば社会人になっても音楽を続けていた。

社会人になっても音楽を続けている人たちというのは、きっと誰よりも自分の表現を愛している人たちなんだと思う。しかし、私は例外だった。

私は「この人は、きっとこうだろう」という客の期待を決して裏切らない演奏をすることを、何よりも心掛けた。はじめはそれでよかった。みんな「すごい!」「さすが!」「上手!」と褒めてくれたし、私はそれで満足だった。でも、最初に褒めてくれていた人たちが、だんだん私の演奏について感想を伝えてくれないようになった。私が「今日はどうでしたか?」と聞いても、「うん、上手だったよ」と言って、それ以上話が続かなかった。

私は焦り始めた。今の表現ではだめだ。でも、どうすればいいのかさっぱりわからなかった。私はあまりに長いこと、「無難であること」に忠実に生きてきてしまったのだ。

そんな私の悩みを見抜いてきたのが、LEGENDのマスター・マサさんだった。

彼は私の演奏に容赦なくダメ出ししてきた。

「面白くない」「心が動かない」そんな言葉を、平気で投げかけてきた。

それも、ライブ中にヤジを飛ばす形で言われることさえあった。その度に私はすごく恥ずかしかったし、腹も立ったけど、心のどこかで少し安心するのだった。

本当はわかっていた。「まともな表現」なんて、誰の心も動かさないこと。

 

ただ問題だったのが、それを知ったうえで、私は依然として変われずにいたということだった。自分の感性で表現をしようとすると、彼のあの言葉が蘇ってくる。

「上手いこと表現したとでも思ってるの?」

その言葉は、呪いのように私を縛り付けた。

もともと自分の中にあるはずの感性や情熱といったものを、その言葉によって根こそぎ剥ぎ取られてしまうようだった。

そして、このトラウマ的な「緊張」を解くために私は何をしたらいいのかさっぱりわからず、暗中模索の日々を送っていた。

そしてそんなときに、マサさんが私の対バン相手に選んだのが、あの"チューニングをしない男"だった。

チューニング(1)

「あいつはな、チューニングをしないんだ」

彼の演奏にあっけにとられていた私の意識を現実に引き戻したのは、マサさんだった。

「チューニングを、しない」

「そうだ。あえて、な」

確かに彼は「チューニングが狂ってるけど気付けない」ようなタイプには思えなかった。綺麗な顔立ちをしたその青年の喋る言葉は、まるで日本語教師のように正確で丁寧なものだったし、服装もシュッとしていて自分によく合ったスタイルを熟知しているように思えた。何よりも、曲間のMCで喋る様子が彼の神経質さを十分に物語っていた。

にもかかわらず彼がはじめた演奏は、それらの印象をことごとく打ち砕くようなものだった。

彼は平然とした顔をしながらギターで不協和音を奏で、彼の歌う様はピッチやテンポという概念そのものを嬉々として破壊しているようにも見えた。

そして彼の歌をよく聞いてみると、なんと歌っているのはSMAPの「世界に一つだけの花」だった。まさかのカバーだった。

「オンリーワンにも程があるんじゃねえか」

私の隣にいたお客さんが、ポロっと呟いた。

「何なんだよ、この演奏は。こんなゴミみたいなライブを見に来たんじゃねえんだよ、金返せ!」

客の一人が怒鳴ったが、彼は何も聞こえていないように演奏を続ける。

「もういいわ、帰ろ」

他の客は呆れた顔をして、ライブ会場を後にした。

最初にいた客が三分の一程に減った頃、彼は演奏を終えたようだった。

「ありがとうございました」

今の演奏の様子が嘘のように、彼は姿勢をピシッと正して挨拶をした。

パチ、パチ、とまばらな拍手が起こる。

客席に戻った彼は、今しがた演奏を終えたばかりのギターを大事そうに膝の上に寝かせ、丁寧にクロスでネックを拭きはじめた。私は言葉を失い、その彼の姿をいつまでも眺め続けた。

 

「整列させたくないんだってさ、音を」

「整列」

「そう、整列」

ライブ後の静まり返ったライブハウスには、私とマサさんの声だけが響いていた。

マサさんは、慣れた手つきでグラスを拭いている。私はカウンターに頬をついて、マサさんの手の動きを目で追った。

「ルールが多すぎて、音が可哀そうだっつって」

「音が可哀そう」

「ユミさ、さっきからオウム返しするのやめてもらっていいかな」

「ああ、ごめんなさい」

私はマサさんの手を追うのをやめて、目をこすった。

今日彼のライブを見た瞬間から、自分がどこか不思議な世界の中に吸い込まれてしまったかのように感じていた。

「音に人格を感じてるってことですかね?」

「そうだなぁ…人格っていうか、生命って言ってたっけな」

「だいぶ変わってますね」

「かなり変わってるよ。だから面白いんだ」

「いや、でもそれはマサさんの感性ですよね?ライブしても今日みたいにお客さん帰らせちゃったら元も子もないですよ」

「それは客の感性が乏しいんだ」

「このコロナ時代にそんなことおっしゃってたら、店つぶれちゃいますよ」

「つぶれて結構」

お酒を飲みすぎてしまったのか、本音が出てしまった。マサさんは少し気分を損ねたのか、私の飲み終わったグラスを洗い始めた。

「とにかく、今日はお前にあいつの演奏を聞かせてやりたかったんだ。お前は真面目過ぎるんだよ」

「…それは重々承知していますよ」

ここ“Music Bar LEGEND”でライブするとき、マサさんには決まって「お前の演奏はつまらない」と言われてしまうのだった。はじめてそう言われたときは腹が立ったけど、経験を積んでいくほどに誰よりも自分が自分のつまらなさを自覚するようになった。オリジナル曲も作っているけど、どれも当たり障りない、どこかで聞いたことがあるような曲になってしまうのだ。

でも、だからといって、なんで彼なんだ。個性的で、オリジナリティがあって、素敵なミュージシャンなんていくらでもいるじゃないか。

私は、マサさんの思惑がよくわからなかった。

 

「音を整列させてる、音が可哀そう」

私は、天井を眺めながらふと声に出してみた。

あれから、彼の言ったことがいつまでも頭から離れないでいた。

「お姉ちゃん~、ご飯できたよ」

「はーい!」

リビングに行くと、テーブルの上には色とりどりのおかずたちが並べられていた。

「どうどう?今日お昼で学校終わったし、いつもより時間かけてみた」

「すごーい!めっちゃうまそう」

「どうぞめしあがれ~」

私は、妹と二人暮らしをしている。音大に通いながらピアニストを目指す妹を私が養ってあげている代わりに、家事が得意な妹には家のことを任せっきりにしている。

「いただきまーす!」

妹は自分で作った料理を黙々と食べ始めた。

「ねえ、クミはさ…ピアノ弾いてるときとかに“音が可哀そう”って思ったことある?」

「“音が可哀そう?”何それ、意味わかんない」

「だよね…」

「どういうこと?」

「いや、実はさ」

私は、先日マサさんから聞いた彼のことをそのまま妹に話した。

「へ~、不思議な人だね」

「でしょ?普通に変だよね」

「なんか、『俺にはチューニングなんてかんけーねー、魂で演奏するんだ!』とか、『目の前の客に癒しを与えることなんかのために、安易にチューニングを合わせるなんてことはしたくないんです!』みたいなさ、そういうのだったら他にもいそうだけど、『音が整列させられてて可哀そう』っていうのは…」

「理解が及ばないよね」

「そうそう」

私たちは吹き出してしまった。

「それでさ、マサさんは『ユミは演奏がつまらないから彼を見習え』とか言うんだよ?ありえないよ。どこを見習えって言うのよ」

「まあでも、お姉ちゃんがそんなに他人に対して関心持つのも珍しいんだからさ、その人と仲良くなってみたらいいじゃん」

「は〜?嫌だよ怖いじゃん。別に関心持ってないし」

「嘘だ、お姉ちゃんが自分じゃなくて他人の話しするの珍しいもん。てかマサさんが言うように、その人から学ぶことも案外あるかもよ?」

「いや、ないわ」

「明日実技試験あるし、私はもうお風呂入って寝るね~」

「えっもう食べたの?早いよ!」

そう言うと、妹はペロッと舌を出してスタスタとお風呂場へ行ってしまった。

私は一人になったリビングで、妹が行ったことをもう一度考えてみた。

いや、ないない。誰があんなやつに学ぶことがあるんだ。

私はブンブンと頭を振って、急いでご飯をかきこんだ。