チューニング(4)

先日LEGENDで起こった事件について誰かに話したくてうずうずしていた私は、後日大好きな音楽仲間を結集して飲みに行くことにした。

確実にサザンオールスターズの影響を受けまくっているであろうが、本人たちは「完全オリジナルですが?」という顔で歌っていて、LEGENDではひそかに裏で笑われているバンド「オーシャン・メロウズ」の中でドラムを叩いている、コウタ。また、ONE OK ROCKにのめり込んで、自分も日本の音楽シーンで活動したいという思いではるばるイギリスからやってきたものの、結局同じように日本に憧れてやってきたイギリス人3人とBeatlesコピーバンドをしている、ベーシストのレオ。そして闇が深く棘のあるオリジナル曲を歌うことでこの界隈では「令和の山崎ハコ」と呼ばれている、ピアノ弾き語りのミナの3人だ。

私たちは皆中央線沿いに住んでいて、いつも4人が一番集まりやすくて且つLEGENDにも行きやすい国分寺駅にある、焼き鳥の美味しい「庵屋」という小汚い居酒屋で、その日も集まることになった。

庵屋に行くと、もう三人とも揃っていた。

「ユミ、久しぶり!会いたかったよ~!!」

レオがほとんど叫び声に近いぐらいの声量でそう言って、指ハートをしてきた。ちなみにレオはそれこそ昔のレオナルド・ディカプリオによく似ていて顔はかなりのイケメンだけど、中身は小5レベルなのだ。

「いや久しぶりって、まだ2週間しか経ってないよ?」

「え~そうなの?もう一年ぐらいたったと思ってたよ~!!」

「んなわけあるか!」

「ユミ、お疲れ~」

「お疲れ!」

「ごめんね~、私が誘ったのに待たせちゃったね」

「しょうがないよ、仕事帰りなんでしょ?」

そう言ってミナがメニューを渡してくれた。

「ありがと。みんな何頼んだの?」

「私はビール」

「俺も」

「僕ちんも!」

「そかー、じゃあ、ビールにしようかな」

「ユミ、ビールあんまり好きじゃなかったんじゃないの?」

ミナが聞いてきた。

「え?あー、まあ飲めないわけじゃないから」

「いやいや、好きなの頼みなよ」

「いや、いいよ。それよりさ、みんなこの間どうしてたの?」

私はミナの言葉に答えるのが面倒くさくなって、話を変えた。

「俺はね~、オーシャンのメンバーたちと初めてサザンのライブ行ってきた!」

私はミナの顔と、レオの顔を交互に見てみた。ミナは下を向いて笑いをこらえていて、レオは手で口を抑えながら今にも吹き出しそうな顔で私の方を見返した。

「ぶっ、ブハハハハハ!!!」

私たちはついに吹き出してしまった。

「なに?何がおかしいんだよ~⁉」

「だって!オーシャンメロウズはサザンの影響なんて一切受けてないって言ってたのに、やっぱりめっちゃ好きなんじゃ~ん!!」

「ち、ちがうよ!俺たちはプロのライブを見て参考にしようと!!」

「ブハハハハハ!!!」

私たちは、また同時に吹き出した。

「なんでそんなに笑うんだよ~!!」

「ボッ、ボーカルのジュンさんだって、ゼッ、絶対桑田佳祐の大ファンじゃんっ。あの声の出し方、あの歌い方!」

ミナが腹を抱えて苦しそうな声で言った。

レオがミナの頭をポコッと叩いた。

「バカにすんなよ~」

「バカにしてないよ~っ、ブフフフフ」

二人がじゃれ始めたとき、店員がサラダを持ってきた。

「お待たせいたしました」

ミナがトングを持ってサラダを取り分けようとしてるようだったので、私はトングを持ったミナの手の甲に触れた。

「いいよ、私がやるから」

「え?」

「いいから、いいから」

「うん…」

私はミナからトングをもらって、サラダを取り分け始めた。

「で、レオは?何か変わったことは?」

サラダを取り分けながら、私はレオに話を振った。

「拙者ですかぁ?拙者はね~、イギリスに帰ることにしたぜよ!」

「えっ」

一瞬、レオ以外の三人の動きがピタッと止まった。

「…それ本当なの?」

「そうでごわす!」

「レオ、今はふざけるとこじゃない」

「すみません」

ミナの真剣な眼差に、レオは肩をすぼめた。

「どうして?」

「いや~、親から言われちゃって」

「なんて?」

「俺の両親、マンチェスターでピザ屋さん営んでるんだけどさ、後継いでほしいって」

「…」

「もう親も高齢でさ、日本で優雅に遊んでなんかいないで、自分たちのためにもそろそろ真面目に生きろって」

「遊んでなんか、って…」

コウタが泣きそうな顔で、頭をボリボリと掻いた。

「それで、いつ帰るの?」

「来週」

「はっ?早すぎるよ。何でもっと早く言ってくれなかったの?」

「だってさ…みんなが悲しむの見たくなかったから」

「バカ」

ミナが呆れたように目を閉じた。

「…ごめん。でも日本にはちょいちょい遊びに来るよ!お土産でピザ持ってさ」

「来る間に腐っちゃうね」

「だね」

また4人の間に微妙な空気が流れる。

「じゃあ…紅茶。紅茶買ってくる!」

「いや、お土産はどーでもいいのよ!」

「ごめんなさい」

漫才師のような二人の掛け合いが面白くて、ついに私とコウタは吹き出してしまった。

「なに笑ってるのよ~?」

「そうだよ、お主らは拙者が日本を去るのがそんなに嬉しいか!」

「うん、嬉しい。こんなバカみたいにうるさいのがいなくなったら楽になるだろうな~」

コウタがイタズラっぽく言った。

「この~!!」

今度は3人でじゃれ始めた。

「おけおけ~、じゃあとりあえずこの話は一旦終わろう。これ以上したら泣いちゃうからね。それじゃあ…レオの送別会は私が企画します!」

ミナが大きく手を上げながら言った。

「任せますっ!」

「お主、拙者のために泣いてくれるのか!」

「その侍言葉、そろそろやめなさい」

「はーい」

ミナの叱責に、レオがいじけた声で答えた。

「で、ユミはどうなの?」

「あっ、私?」

ミナが急に私に話を振ったので少しびっくりしたが、今日はこの場で絶対に話したかったことがあった。私は、例のチューニングをしない男の話をした。

「なにそれ、変なやつね~」

「だよね!私が変なんじゃないよね、どう考えてもそいつがおかしいよね?」

私は、自分の正当性を主張した。

しかし、皆の反応は私の予想とは違うものだった。

「うーん…」

「えっ、なにその反応」

「いや、その男の人が言ってることも一理あるなあって」

コウタがそう言った。

「一理ある?どんな一理よ」

「まあなんていうか、そのー」

言葉を選んでいるコウタを無視して、ミナがレオを怒るときよりも真剣な顔つきと声色で言った。

「ユミはね、『自分はまともだ』『ちゃんとした人間なんだ』っていう自意識が強すぎるんだよ」

「…?」

「それは言えてるかも!」

レオがニヤニヤしながら言った。

「どういうことよ」

私は頭の中が真っ白だった。

「ユミってさ、やらなくてもいいことまでやろうとするじゃん」

「…は?」

「さっきの、サラダ」

「…サラダ?」

「そう。ずっと言おうとしてたんだけど、みんな自分が食べる分だけ取りたいんだよ」

「そうそう!俺たち別に、そういうの自分でやるからさ」

「気使わなくていいよ」

男二人がそう言ったのを聞いて、ミナがまた口を開いた。

「気使ってるんじゃない。“女としてのマウント”取ってるだけだよ」

「おい、ミナ」

コウタがミナをなだめようとした。

「だってそうじゃない?前も家でホームパーティーしたとき、私も一緒に食器洗うって言ってんのに、頑なに洗わせてくれなかったじゃん。あれほんと何なの?」

「え、ちょっと…何の話?」

「とぼけないでよ」

ミナが急に大きな声を出したので、周りの客たちがこちらをちらちらと見た。

「ユミはさ、基本的に他人を自分の尻に敷こうと思ってるんだよ。自分が全部コントロールしようと思ってんの。それも音楽に出ちゃってるんじゃない?」

「ミナ、お前」

コウタがミナの肩を揺らす。

私は驚きすぎて最初は言葉を失っていたが、ミナの口元からペラペラと出てくる言葉を一つ一つ咀嚼して聞いてるうちに、みるみる怒りが沸いてきた。

「ミナ。あんた、何様なの?」

「なに、絶交?結構よ。ずっと思ってたことを言っただけだからね」

「じゃあ私も一つ言わせてもらうけど、あんたのファッション、いつもびっくりするほどダサいよ」

「は?」

「それは言えてる!」

レオがまたニヤニヤしながら言った。

「ダサいって、なによ?」

ミナがまん丸の目をさらに見開きながら言った。

「なにって。いつもトゲトゲのブレスレットとか、蛇柄のスカートとか、奇抜なもの身につけてセンスある風気取ってるけど、ダサいよって言ってんの」

ミナは相当ショックだったのか、顔を真っ赤っかにしながら言葉を失っていた。

レオもさすがにまずい状況だと悟ったのか、腕を組んで下を向いている。

4人の間に長い沈黙が流れあと、コウタが口を開いた。

「服装のセンスは、それぞれの好みなんじゃないかな」

「…え?」

「ミナが身につけたいと思ったら、身につけていいんじゃないかな。それを他人がとやかく言うもんじゃないよ」

「…私は思ったことを言っただけだよ。別にまともな服を着ろって言ってんじゃない」

「…『まとも』ね。ユミは昔から、そうなんだよ。他人がどう思うか、他人から見て変なことをしてないか、そういうことに異様なほどこだわるんだよ。そう…その姿がもう異様なんだ。その時点で『まとも』なんかじゃないよ」

「コウタ」

私はびっくりして、思わずコウタの名前を呼んでしまった。

「その、チューニングしない人が言ってることは正しいよ。ユミは」

「もうやめてっ!」

私は叫び声をあげるのと同時に、テーブルを両手でバン、と叩いた。

「もういいから。私が全部悪かったわよ!謝ればいいんでしょ、謝れば!『まとも』であることにこだわりすぎちゃって、どうもすみませんでした!!」

私は財布から5千円札を引き出してテーブルに叩き付け、そのままかばんを抱えて出ていこうとした。

すると、背中越しにミナが言った。

「待ってるから」

私は無視して行こうとしたが、ミナがまた口を開いた。

「絶交とか言ってごめん。でも、私ユミともっと深い仲になりたくて、本音を言っただけ。もっとマシな言い方あったよね。ごめん。でも、ユミはもっと面白いやつだって思ってるから。だから、絶交は取り消しで。待ってるからね」

私は気を抜くと泣いてしまいそうで、精一杯心を無にしながらその場を去っていった。