ミスタータンブリンマン(1)

第一話「タンバリンの少年」
 
「ミスタータンブリンマンが来た!」
学生たちは、タンバリンの音を響かせながら淡々と廊下を歩いてくる音代からざわざわと離れていく。
「タンブリンマンだ!」
「タンブリンマンよ!」
……
彼の向かう先には、室名札に「3-B」と書かれた教室があった。
 
「パッパンパッ!(タンバリンの音)」
音代は、自分の席に着いた。
相変わらず周りからはヒソヒソ声が聞こえてくる。
 
「ねーあれ絶対『よっこいしょ!』だよ」
「えーじゃあなんで言葉で言わないの?」
「知らないよー、ほんと謎」
 
いつもと変わらない日常。
けれど、なぜだが今日はいつもより空が青い気がする。あの雲は、まあるいな。まるで、大きなタンバリンみたいだ。 
 
「席につけー!」
先生が入ってきた。
「おう、今日もタンバリンは健在だな。」
みんながわーっと笑った。
「おいおい、笑いごとじゃないぞー。先生だってな、髪型をロン毛にしないとやってらんないんだ。お前らだって赤ん坊の頃は、おしゃぶりやおもちゃにしがみついていただろう?」 
「それは赤ちゃんの話です!」
誰かがツッコみ、またみんなが笑う。
「いや、今だって何かしらあるはずだぞ。中村、お前のそのオシャレなネクタイだってそうだ」
「これは、こだわりにすぎません!」
「こだわりとは言ったって、それも一つのアイデンティティだろ?良くも悪くも誰だってそういう依存性みたいなものは持ってんだ、多かれ少なかれな。まあこの話はもういいよ」
先生は長い髪の毛をかきあげた。
「さ、今日も張り切っていくぞー!教科書32ページ開けー」
いつもと変わらない日常。
 
放課後、先生に呼ばれて職員室を訪ねた。
「おい、音代。」
「パン?」
「朝のことは、すまなかった。ちといじりすぎちまったな。でもな、たまにはお前のことにも触れないとと思ってな。許してくれ」
「パン」
「しかしなあ、音代。お前いつまでそれ持ってんだ」
「パン?」
「もうお前もこれから大人になっていくんだ。そろそろ手放したらどうなんだ」
「パパン」
「お前が人の話をちゃんと理解してること、先生知ってるんだぞ」
「パン!」
「だったらなんで口で言わないんだ?」
「パパン」
「なー音代、いいかげん…」
パン!パンパンパンパンパン……
 
僕は職員室を飛び出した。
タンバリンをきつく握りしめる左手と、それを高速で連打する右手の掌から汗がにじみ出る。
 
どうして先生は僕からタンバリンを奪おうとするんだろう。どうしてみんなは僕を不自然な目で見るんだろう。

タンバリンを手放した僕なんて、僕じゃないんだ。
僕は、死ぬまでタンバリンと一心同体なんだ!
 
(つづく)