私、ジロー卒業します(2)

最終話「この支配からの卒業」

 

「あんた……そこ、入ったの?」

「うん……ごめん」

「いや、私に謝る問題じゃないでしょ」

「そうだけど……」

「とりあえず、ボスに報告させてもらうから」

 

次の日から、当然のように私はハブられるようになった。

 

ジロリアンたちの繫がりが強い理由は、彼らが仲間を人一倍大切にするからだ。しかしその反面、そこから少しでもずれた者を徹底的に見下す。

(※フィクションです)

 

ジロリアンたちは、ジロリアンから普通のラーメン好きに転身した者を裏で「帰化人」と呼んでいる。

 

「ねえ、帰化人入ってきたよ」

「ほんとだ。店の空気が汚れるから入ってくんなよ」

「気持ち悪い」

私はこんなことを言われて最初は死ぬほど辛かったし、悔しかった。

それでも私は、ジローに通い続けた。普通のラーメンと引き換えにジローを手放すには、あまりにもジローを愛しすぎていた。

 

あるジロリアンの"優しい"友達は、私にこう言った。

ジロリアンじゃないなんて関係ないよ!あなたはあなた。ありのままの自分でいいんだよ!」

そう言われて、私は思った。

私はジロリアンじゃなくなったなんて、その子に一言も言った覚えはなかった。いや、そもそももし私が本当にジロリアンでなくなったとしても、それがそんなに自分を恥じるようなことなのだろうか。あなたたちと私は違うということを認めることが、そんなに悪いことなのだろうか。

ジロリアンじゃなくなったことを気にしてる」なんて私の方から言った覚えがないのに、「気にするな」と言うその心は?

それは言うまでもなく、その子自身がそれを気にしているからだ。

 

ある"平和主義者"のジロリアンは、私にこう言った。

「あなたはジロリアンとラーメニストの架け橋になれる。そこから麺類界の平和を作っていくんだ!」

私は思った。私はジローとラーメンの架け橋になるためにラーメンを食べたわけじゃない。普通にラーメンが食べたかったから、ラーメンを食べたまでだ。

それを後付のように社会貢献に繋げてくれるな。そういうものを"偽善"と呼ぶのだろう。

 

このように、私に表面的に"優しく"してくれたジロリアンたちも、心の底では私を馬鹿にしてる輩の一人に過ぎなかった。

私は今まで、自分の未来は当然のごとくジロリアンたちと共にジローの発展のために生きていくものだと思っていた。

しかし仲間はずれにされはじめて以来、その未来像は少しずつ揺らぎ始めていた。

ジロリアン社会というものは、世界中にある無数の社会のうちの一つに過ぎない。それが、一生涯をかけて自分の愛し続けるべき社会なのかどうかは、実際に視野を広げて他の世界を見てみない限り一生わからない。そこで自分の力を最大限に発揮したとしても、所詮は井の中の蛙だ。そんな考えが頭を渦巻き始めていた。

 

ある日、私の元に一通のメールが届いた。

それはボスからだった。

「明日夜19時、ラーメン二郎小滝橋店の前で待つ」

きっとボスは、私を許してまた仲間に戻すために誘っているのだろう。

私は、いよいよ意を決した。

 

次の日、約束通りラーメン二郎小滝橋店でボスと落ち合った。

「久しぶりだな」

「お久しぶりです。この度は、本当にご迷惑をおかけいたしました」

私は深々と頭を下げた。

「反省したんなら、頭を上げな。さあ、入るぞ」

 

「とりあえず全マシ、2丁」

ボスは二人分の券を購入するや否や、そう言った。

「ボス……?」

「なんだ」

「私、全マシなんて……」

「お前、抜けたいんだろ?」

「え?」

「グループから、抜けたいんだろ?って聞いてんだ」

「……はい」

ボスは全てわかっていたのだ。その上で、私を誘ったのだった。

 

「はいお待ち、全マシ2丁!」

「食え」

「ボス……」

「脱退させてやる」

「へ?」

「スープ一滴残さず綺麗に食べ切れたら、お前をグループから脱退させてやる。その代わり、一滴でも残してみろ。お前の顔面を丼の中に突っ込んでやるからな」

ボスは突き刺すように私を睨みつけながらそう告げると、目をつぶって全マシに向かって合掌、丼の両端に箸を突っ込んだ。

「は、はい!」

私はボスに続いて、合掌、天地返し、一気に貪りはじめた。

 

約一時間後、汗だくになった私は箸を置いた。

「ごちそうさまです」

「……ああは言ったが、まさかお前が本当にスープ一滴も残さず食べきるとはな」

「女の意地ってもんですよ。約束通り、これで脱退させてくださいよ」

私は誇らしげにそう言ってボスの顔を見ると、さっきの鋭い眼差しは消えていた。その代わり悔しいような、もの悲しいような、複雑な表情で空になった私の丼を見ながらボスは呟いた。

「そうか……本当に行ってしまうのか」

私は不覚にも、泣きだしそうになった。

「ボス、本当に今までありがとうございました!」

私は、さっきよりももっと深く、ボスへの最大のリスペクトを込めてお辞儀をした。

かくして、私の10年に渡るジロー人生は終わったのであった。

 

ジローを卒業してからというものの、私はラーメンだけでなく色んなグルメに手を出すようになった。フレンチ、中華料理、イタリアン…また、本場のカレーを食べるために遥々インドまで行ったりもした。

新しい味の世界を知るたびに、私の胸は高鳴り、生きている実感が湧いた。

新しい友達もたくさんできた。真新しいことに挑戦的で、過去なんて振り返らずにどこまでも明るく面白いことだけを追求していくような人たちだった。そんな人たちに囲まれた私は、いつも生き生きと、キラキラと輝くような毎日を過ごした。

 

でも、そんな今でも時々思い出すのだ。

あのジローラーメンの、わがままで頑固っぽいけど、なんとも深く、力強く、人間の優しさと勇ましさ、また愚かさまでもが一つに凝縮されたような、唯一無二の味を。

 

ジロー、そしてジロリアンたち、本当にありがとう。

(完)