ミスタータンブリンマン(2)

第二話「失われた声」
 
僕は走って家に帰った。
 
ガラガラ〜
「あらおかえりなさい!今日はえらい遅かったわね。さあ、晩ごはん食べなさ...」
ガチャン!
僕は母の言うことを無視して自分の部屋に籠った。
僕はタンスの引き出しを開けた。叩きすぎて壊れてしまった大量のタンバリンたちの中に身を潜めるように埋もれている、一冊のアルバムを取り出して表紙を開いた。
 
何故か僕は、幼い頃からタンバリンに病みつきだった。家にはレゴやトミカーなど色々なおもちゃがあったが、僕はそれに一切手をつけずひたすらタンバリンで遊び続けた。朝目覚めてから夜寝るまで、いや、寝る時ですらタンバリンを腕の中に抱いて眠りに落ちた。
 
小学五年生の頃までは、僕はまだ言葉を話していた。
アルバムを見ると、僕が学内弁論大会で「タンバリン〜その音色の可能性〜」というテーマでスピーチをした時に金賞を受賞しトロフィーを受け取っている時の写真や、潰れかかっていた打楽器屋さんに「タンバリンって、なんかイイ。」というキャッチコピーを提供したことで店が繁盛し、さらにはその広告が国内外で話題となり世界中からタンバリンを求めて客が集まってきて、町興しにも貢献したということで市長に表彰されている時の写真などが貼られていた。
僕は街中のヒーローだった。
 
僕が持っていたタンバリンの中でも、特に大切にしているタンバリンがあった。それはそれは美しい音色で、皮の触り心地もびっくりするくらい滑らかで、小円盤は黄金色に輝いていた。愛しくて愛しくて仕方がなかった。
僕はそのタンバリンに「出木杉君」と名付け、鍵付きの引き出しの中に入れて大切に保管し、毎日朝昼晩と3回は確認するようにした。
 
ある朝、まだ眠たさに目を擦りながら引き出しを開けた僕は、自分の目を疑った。
そこには、出木杉君がいなかった。
僕は過呼吸を起こし、絶望で気を失いそうになりながらも、とりあえず警察に盗難届を出しに行った。でも当然、見つかるまで大人しく待つなんてことは出来るはずがなかった。
そして僕の出来杉君探しの過酷な日々が始まった。
 
☆BGM→https://youtu.be/BqFftJDXii0
 
「すみません!僕のタンバリン知りませんか?!!」
「僕のタンバリンが無くなったんです!!」
「どなたか、僕のタンバリンどこ行ったか知りませんか?!!」
僕は街中で力いっぱい叫んだ。
 
しかし世間の目は冷たかった。
誰一人として僕の叫びに耳を貸す人はいなかった。
「お前のタンバリンなんて知らねーよ!」
「タンバリンごときで何騒いでんだ?」
「新しいの買えばいいじゃない!大袈裟だわ」
心無い人たちの言葉が、ひたすら僕の胸に突き刺さった。
 
路地裏、商店街、交差点、駅のホーム、ありとあらゆる場所を探し回った。
でも出来杉君はいなかった。
警察からの連絡も無かった。
 
それからというものの、僕の生活は荒れた。
毎晩毎晩酒に浸り続けた。(当時まだ11歳なのでノンアルコールビール
もう二度と出来杉君はあの美しい音色を僕に届けてくれないのだろうか。
僕はショックで声を出せなくなった。叫びすぎて枯れたのではない。心の病だった。人はこうして死に向かっていくのかと思った。
 
僕は声が出せなくなった代わりに、タンバリンで気持ちを表すようになった。それは僕なりの精一杯の解決策だった。タンバリンで声を失い、タンバリンで声を補う。馬鹿馬鹿しかった。それでも僕にできることはそれしかなかった。

僕の変化を理解してくれるのは家族ぐらいで、それ以外の人たちには「気が狂ってしまった子」として扱われた。それを可哀想に思う人も入れば、タンバリンにばかり愛情を注いで人間との交流を怠ってきた罰だと言う人もいた。
どちらにせよ、僕はもう人気者ではなくなったのだ。
 
僕はアルバムを閉じた。
僕はいま自分がどこに向かっているのか正直よくわからずいにいる。
僕がどれだけタンバリンを愛していても、タンバリンを鳴らすだけじゃその気持ちは他の人には1ミリも伝わらない。タンバリンがどれだけ素晴らしいかということを本当は言葉で伝えるべきなんだ。だけど僕は...
 
僕はいつの間にか泣いていた。
僕が泣いたのは、出来杉君を失ったとき以来だった。
 
(つづく)