ボサ猫(2)

数日後、私はボス猫の仕切るテリトリーの中にある茶白の家に向かった。気のせいかもしれないが、そこに入るとどこからともなくボス猫の匂いが漂ってきたので、また大学時代を思い出してしまってげんなりした。
ボス猫とはくれぐれも会わないように周囲を確認しながら、茶白の家に入った。
 
「おーボサ!久しぶり〜」
「おじゃまします〜」
「どうぞどうぞ〜」
茶白は私の好物の魚の茹で汁とおつまみの小魚を用意してくれていた。魚と魚の組み合わせにセンスを全く感じなかったが、彼なりに気を回してくれたことには感謝した。
 
🍻
「最近どうなん?シッポミジカとかとは相変わらずまだ連絡取ってないかんじ?」
「うん、まあね」
シッポミジカとは幼馴染のことだ。そいつはスズメバチのような形相をしていて、性格もトゲトゲしくて、特にこの辺りでは界隈きっての付き合いづらい男として有名なのだが、昔はよく一緒にベンチで日向ぼっこをしたりして遊んでやっていた。
しかしあるきっかけがあってから、すっぱりと縁を切った。そのきっかけというのは、あるとき私が猫じゃらしで遊んでいて、トイレに行く際に「これキープしてるからね」と言ったのに、トイレから戻ってきたらあいつが横取りしてたことだった。
まじり姉さんにそれを話すと、「は〜そんなこと?それ以外にも縁切る理由もっとあったでしょ。あんたのお尻にやたら顔押し付けてくるとかさ、それもう痴漢じゃん。刑務所行きだよ。それで縁切らなかったあんたもあんたよ」と言っていた。
しかし猫じゃらしに目がない私としては、今回ばかりはどうしても許せなかった。
親からは「幼馴染なんだから仲良くしてあげなさい!」と言われるが、幼馴染だからといって無理して仲良くする義理は無いだろう。あいつとの関係はそれまでだったのだ。
 
「あいつ、お前以外に友達いないんだからちょっとは相手してやれよ。最近俺らの中に入りたがってるんだけどさ、ボス猫があいつのこと生理的に無理っつってるし。
てか俺らの年、他の学年に比べて仲悪いから一組でも仲良くなってほしいんだよな〜」
相変わらずチビクロくんは音沙汰無しらしいし、ハチワレとモジャはグループLINEに何の連絡もなく急に飼い猫になったらしい。まあ私はそのグループにすら入ってないけど。
茶白が言うとおり、本当にこの年の猫学部の仲は最悪だった。
 
「そういやシロがお前に会いたがってたぞ」
「シロ?」
「えっ忘れたの?(笑)お前のファンじゃん」
「あー、そうだった。忘れてたわ」
「お前も相変わらずだな」 
 
シロは昔、私の追っかけをしていた。
寮での出待ち入り待ちは当たり前、猫じゃらしの確保、爪研ぎ、肉球のマッサージなど、身の回りのことをほとんどしてもらってたというのに、私はそいつの存在を忘れていたのだ。我ながら、最悪な猫だ。
 
「お前、人間トラウマ専門の心理カウンセラーやってるんだろ?シロは患者だぜ。今度診てやれよ」
「えっ、そうなの?」
「だよ。最近は視界に入るのも嫌らしくて、ブルースさんが近づいてきてもダッシュで逃げるんだ」

ブルースさんとは、この辺りに定期的に来る猫好きの人間だ。
私はどうやらこの人に一番好かれているようで、私も本当はこの人のところに行きたかった(飼い猫になりたかった)のだが、他の人間に拾ってもらえただけでも贅沢なことだから不満は言えない。
とはいえ、人間界の中でも特に温厚なあのブルースさんから逃げ回るとは、シロも尋常じゃない病みようだな。
 
「わかった。シロの連絡先教えて」
私は大学時代の恩を返すべく、シロの治療に取り掛かることを決意した。