ボサ猫(1)

f:id:yusunchoe:20200518082730j:image
私はボサ猫。今は一人暮らしをしている。
一年前に湘南犬猫大学猫学部・人間心理学科を主席で卒業した後、主に人間と接することにトラウマを抱えた猫たちを手助けする心理カウンセラーとなり、社会猫一年目を迎えた。
大学時代は寮生活だったのだが、窮屈で仕方がなかった。一度点呼に出なかっただけでボス猫に説教されたり、寮内に持ち込み禁止のかつおぶしを没収されたりして、あまり良い思い出はない。だいたい、かつおぶしはだめなのに銀のスプーンはオッケーという基準が謎なのだ。ルールなんて大体そんなものだ。決めるやつは特に深い意味もなく決める。守る側からすると、迷惑極まりない。
f:id:yusunchoe:20200519011447j:image
それに比べ今の一人暮らしは点呼も無いし、思う存分かつおぶしも食べれるし、誰にも気を使わなくていいということがこんなに幸せなのかと思うくらい、ノンストレスな日々を送っている。

🐈

その日は仕事を終え、家でゆっくり爪研ぎをしていた。

ニャイン〜♪

大学時代の同級生の茶白から連絡が来たようだ。
『久しぶり!どうしてる?
聞いたよ、お前飼い猫になるんだろ?
いつも飲み会来ないし、ボス猫さんが心配してたよ。
それでさ、もし今週末空いてるなら家行っていい?サシで飲もうよ。お前が好きな魚のゆで汁持っていってやるよ。まあ、俺は断然ミルク派だけどなw』

うざ。
私は即座にスマホを閉じた。
どうせ私と飲みたいんじゃなくて、ボス猫に遣わされてんだろ。
私は、大学の卒業式の日にボス猫が卒業生代表の言葉で言ったことを思い出した。
「卒業後は飼い猫として生きていくことになった友達も、決して猫としての自負を、そしてこの4年間で共に学んだことを忘れないでください。卒業してみんなそれぞれ違う道を歩むことになっても、私たちはいつも家族です」
何が「私たちはいつも家族です」だ。このたぐいの綺麗事には寒気がするんだ。こういうやつほど人間に媚を売るのが上手くて、すぐに金持ちの家にもらわれていくんだ。
まあ、私ももうすぐもらわれる身だから何も言えないけどね。 

🐈

久々に三毛猫まじりさんとごはんに行った。三毛猫まじりさんは大学時代の先輩で、今でも何かとお世話になっている。
「ボサ、最近どう?」
「ん〜、まあまあっすかね」
「あんたなんかやつれてるよ?心理カウンセラーになったのは良いけど自分のメンタル管理もちゃんとできてるの?
あんたももうすぐ飼い猫になるかもしれないけど、野良猫時代とあんま変わんないって聞いたよ。
休日も一人で猫じゃらしとばっか戯れてないで、たまには同級生とかと遊びに行きなさいよね」
「うーん…まあ、はい」
「ほら、図星でしょ。とにかくあんたは昔から頭が良すぎて孤立しちゃうんだから、もっと甘えてもいいのよ?私にもね」
そういって、三毛猫まじりさんは私の手に肉球を重ねた。本当に良い先輩だ。 

🐈

その日の夜、スマホを見ると茶白から「既読無視?笑」と返信が来ていた。
私は思い切って、茶白に返信した。
「ごめんごめん。サシ飲み、いいよ。でも私が行っていい?家汚いし」
「いいよー。俺も家汚いけどw
じゃあ決まりな!俺の家、わかるよな?」

ついに私が、ボス猫のテリトリーに入る日が来るとは。