帰省

コロナ騒動で東京が封鎖されるかもしれないというときに、大阪の実家に帰った。
高速バスを予約したときはこんなに深刻になるとは思いもしなかったけど、さすがにタイミングをミスった。
バスの中で、本間さんから頂いたアルコールを30分ごとに塗りたくっていたので、おそらく大丈夫だろう。いや、もしかしたらもうすでにかかっている可能性はあるから気を抜けないな。
世界が終わるわけではないと思うが(可能性が無いわけではないが)、ただならない終末感が漂っている。
志村けんが亡くなってますますゾッとした。

 

夜行バスに乗って、朝家に着いて、早々ピアノマンを歌ったら母が泣いた(https://twitter.com/yusun1213/status/1243363124536725507?s=20
ので、その流れで子供の頃のビデオを見ようということになった。

 

昔のビデオを見たら、妹が2才か3才の誕生日に「大きくなったらお姉ちゃんみたいな人になりたい」と言っていて驚いた。
このときはまだ、妹に憧れられていたのか。
十数年後の今、私は妹から田舎のおばあちゃんのように扱われている。悲しい現実だ。

 

5才前後の頃の私は、ひっきりなしに何かを言いながら動き回っていた。替え歌をしたり、スキャットをしたり、モノマネをしたり、変顔をしたり、一人ミュージカルをしたり、小さな弟を抱きかかえてブンブン振り回したりしていた。


ビデオを見る限りでもそれがずっと続いていたが、母によれば、寝てるとき以外の24時間のあいだ延々とその状態だったらしい。今で言えば、明らかにADHDと診断されるレベルだろう。
もしそれで養護学校に入っていたら、また今とは違う面白い人生になっていただろうけど、そんな人間が今障害者介護の仕事をしてると思うと笑えるな。

 

お母さんに、少し前に作った新曲(高橋優節じゃないやつ)の歌詞を見せると、「意味わからん」と言われた。
母の読解力にもいささか問題があると思ったが、こんなに身近な人間にすら理解できない歌詞を書く自分にも落ち度があるだろう。
想像の余地をいかに残すかは常に意識しているつもりだが、下手すれば何も言えてない歌詞になってしまう。
味気を追求しすぎて、逆に味気がなくなってしまうパターンだけは避けたい。

 

https://youtu.be/LhuH8fXx4yE
唯一この「好き嫌い」という曲は、あえて「何か言ってそうで何も言ってない」ことを狙った曲だが、曲調があれなので良しとしている。

 

話が逸れたが、とにかく家族みんな元気で一安心した。久々にゆっくりいろんな話をした。
家族は仲良くしないといけないっていう理想論には虫唾が走るが、ありがたいことに我が家は仲が良い。
それはそれで幸せなことなんだろう。

 

4月のライブはなくなってしまったけど、この期間に曲をたくさん作ってしまおうと今ひたすら歌詞を書き貯めている。
コロナ終息後のゆすんに、乞うご期待。