氷の世界(1)

第一話「ようこそ、氷の世界へ」
 
俺は今にも倒れそうだった。
この先も果てしなく続くかのようなアスファルトの道を太陽が容赦なく照りつけ、陽炎が視界を歪めてくる以外には何かが現れそうな気配すら無かった。
もう無理かもしれない。もはや俺の長旅もここまでか。そう思ったったときだった。遠くの方に、かすかに「氷」という文字が見えたような気がした。もしや。
いや、幻覚か。きっとこの暑さで、いよいよ脳みそがやられちまったんだろう。
しかし少し目を凝らすと、明らかに古風な店構えが見える。進むにつれ、「氷」という文字はみるみる大きく、さらにはっきりと俺の前に姿を表した。
おお、これは。
 
Jesus!!!
 
俺は自分が何人であったのかも忘れてそう叫び、体に残っていた僅かな力を振り絞って「氷」に向かって走り出した。
氷、氷、氷、氷、氷……
「……かき氷ください!!!」
暖簾を乱暴にくぐりぬけたが、そこには誰の姿もなかった。
「いらっしゃい。」
下の方から、しゃがれた声が聞こえた。はっとして視線を下げると、そこには小さなみすぼらしい婆さんが立っていた。全身真っ黒のマントに、奇妙な帽子を被っている。

え、あれやん。ねるねるねるねの魔女やん。

とっさに俺はそう思った。思わず口から出そうになるのを抑えながら、俺は言った。
「はぁはぁはぁ…あの、はぁはぁ、あぁ、あの、かき氷は…?」
「どうぞ、こちらへ」
「…へ?」
婆さんは一瞬ニヤッと笑ったかと思うと、何もない薄暗い部屋の奥に向かって歩きはじめた。
俺は何が何だかわからぬまま、乱れた息を整えながら婆さんについていった。
 
部屋の片隅にひっそりと設けられている古い扉を開けると、そこにはトンネルのような暗く狭い通路が奥へ奥へと続いていた。
婆さんは、何の説明もなく進みはじめた。俺は、まるでここに来ることが何かの運命であったかのような錯覚に陥るとともに、一つの疑問も抱くことなく婆さんの後をついていった。
進めば進むほどに気温が下がっていくようで、冷たい空気が汗に濡れた肌をひんやりと冷やす。
 
ああ、涼しい。さっきのアスファルト道とは対象的だな。しかし…一体どこに向かっているんだ?俺はなんでこんな所を…。
 
ふと、我に返った。と同時に、婆さんが言った。
「ようこそ、氷の世界へ」
俺は思わず息を呑んだ。そこには、驚くべき光景が広がっていたのだった。
 
(つづく)